ヘッダーイメージ 本文へジャンプ
足もみの歴史・・・紀元前から現代、若石の歴史

ホームページをリニューアルいたしました。

新しいアドレスはこちらです(クリック↓)

http://jakusekikizuna.main.jp/wp/

起源は古く、古代エジプトでは4000年以上前に足を揉んでいたという資料があります。そこには、実に興味深い象形文字や絵文字が描かれているのです。アンクマホール遺跡の壁画
右の絵は、アンクマホールの遺跡から発掘された壁画に描かれていたものです。
向かって右側の二人は手を、左側の二人は足をもんでいます。
足をもまれている人は「そんなに強くもまないでくれ」と、
もんでいる人は「もう少ししたら楽になりますよ」
と言っています。
このことから、足をもむことは、古代エジプト人にとって、「健康」と密接な関係があると認識されていたことが分かったのです。


薬師寺に現存する仏足跡日本においては、古代インドで仏陀時代の人々から伝えられたという仏足跡が、奈良県の薬師寺に残っています。
1000年以上前のものと思われる足の裏の絵には、人間の五臓六腑を表す絵が描かれています。






黄帝内経また、2000年前の中国では、黄帝内経(こうていだいけい)という医学書があり、その中に観趾法(かんしほう)という記述があると伝えられています。
この観趾法というのは、趾(あし)を観る方法と書きますが、足のツボに刺激を与えその刺激に身体が反応する原理を利用して、治療効果を得ようとする方法でした。
日本にも、1000年以上前、遣唐使の時代に中国から伝えられ、それが今日の鍼灸や指圧の源になっています。



この観趾法という文化遺産は、残念ながら中国では、歴代の王朝の交替や天災、戦争などで幾度となく消滅の危機にあい、正しく受け継がれることはありませんでした。
しかし、その間に、さまざまな困難を乗り越えて、ヨーロッパやアメリカに伝わり、20世紀になってから多くの専門家によって現代医学の観点から研究がなされました。
研究者の中の一人に、スイス人の看護婦であるヘディ・マザフレという女性が、かつて中国国内の病院に勤務していた体験を元にした、足の反射区に関する研究書「未来の為の健康」という本を書きました。

1980年頃、台湾の台東というところのカトリック教会に赴いていたスイス人のジョセフ・オイグスター(中国名:呉若石)神父は、リュウマチを患っていて行動が不自由でした。
多くの医者と薬に頼りましたが、良い結果が出ません。そこでスイス人で同じ教会の修道士の方が、神父様に一冊の本を紹介しました。この本が先ほど紹介しました「未来の為の健康」という本です。神父様は本の通りに足を揉みました。すると、リュウマチを克服することが出来たのです。
これがきっかけとなり、足をもむ健康法の普及活動に励みだし、台湾全土でブームが巻き起こりました。
その後、神父はエルサレムに赴任することになり、台湾を離れる際に、陳 茂雄・陳 茂松氏にこの健康法の継続と普及を依頼しました。

このことにより、1982年に国際若石健康研究会が発足し、本格的に学問としての研究が始められました。そして、この健康法を「若石健康法」と名付けたのです。
1990年にはWHO(世界保健機関)全民保健部からシーグリンド・ワインバーガー博士の参加があり、若石健康法を推奨するメッセージをいただきました。現在世界50ヶ国・地域に普及され、日本においては、世界でも数少ない台湾本部直轄分会として活動し、最新の若石健康法の普及・教育を目的としています。



なぜ足をもむのかのページへ     足は身体の縮図のページへ     トップページへ

フッターイメージ